こんにちは。和歌山市、南大阪(岸和田市・泉州地域)地域を中心に全国で介護技術のセミナー 介護技術の研修 触れるセミナー 動きのセミナー シンプルラーニング 予防介助専門士養成講座 を行っている 当研究所所長の北口です。(出張講師も受付中です)
数日前のブログな内容を覚えている方がいるでしょうか?
『食べたいという気持ち』というブログだったと思います。和歌山市にある大き目の急性期の病院から北口所長が勤務するサ高住に入居してきた方が、数日間でご逝去されました。
偶然、北口所長が息を引き取る瞬間に立ち会いました。
こんな瞬間に立ち会うことが出来るこの仕事の素敵さを感じながらも。やはり、その人の人生を変えることが出来るこの福祉の仕事って素晴らしい。その人の当たり前に寄り添うことが出来る。
この方、病院にいるときの希望が『帰ってビールを飲みたい』といういかにも人間らしい希望でした。しかしながら退院数日前には『桃の缶詰のシロップを飲みたい』に変わっていました。
末期がんの療養で病院に入院していた状態からの入居にあたって、まずしたこと。
まずは、エアマットを使わなくなった。
サ高住に入居して、普通のマット。両面で片面が硬い面、もう一方が柔らかい面。硬いほうの面で寝てもらっていました。
マットを変えたらポジショニングが必要。しかしながら、動きが出てきました。翌日には本人自ら『座らしてくれ』と訴えられました。
娘様が起き上がり介助をすると、自らではないが、上肢を使ってマットに手をつくような動きをされる。
動きが全くないわけではないので、体をコンパクトにしてしまうとできない動きである。
そして短時間ではあるが端座位になることが出来た。
病院で療養している間はできない動作である。病院ではエアマットを使用しているため、支持面が柔らかいためにできるはずの動作が出来なくなる。体力が低下してしまっている人については、座位になることもできない。
(そもそもの体の状態が良くなかったので病院では治療が優先されていたこともあります)
皆さんは数日後に人生が終わると考えた時にこの先寝たままか 時々座れるならば どっちを選びますか?
座るくらい座りたい。このたった『座る』だけの行為だけでもあるのとないのとでは人生が変わっているのです。(病院を非難しているわけではないです。それだけ重い病なのです)
そしてご本人の望んでいた桃ですね。結果的に少し楽しむことが出来ました。
食べることによって余計苦しくなるリスクはありますが、
桃のシロップ飲める数日間と 飲めない数日間であれば どちらを選ぶでしょうか?
水が飲みたい。嚥下のテストで誤嚥のリスクは指摘されていましたが、仮に自分なら水を飲みたい。
自分ならゴホゴホ言っても水を飲みたい。だって人生終るんですもの。(自分ならね)
水が飲める数日間と 飲めない数日間 これもどっちを選ぶだろうか?
北口所長ならビールを飲みたいです。
最後の日は入浴して、桃を食べて、息を引き取りました(桃が詰まったという意味ではない)。 スタッフ曰く『さっきまで高校野球一緒に見て和工勝ったとか話してたのに』と...幸せな最期だったと感じています。
最後まで自分の要望を表出していたと感じます。
重要:施設側がやりたい気持ちのみで突っ走ってこのケアをしているわけではありません。
もちろんご家族様の意向や医師の指示、各専門職の意見もありながら、起き上がりもしない、エアマットを使用する、最期を迎えるまで安静にした状態で何も飲み込むことはしないという選択をすることもあることを大前提としてこのブログを書いています。
この方の自己実現をかなえるために助かったことは、実はこの方の娘様。予防介助を学習していただいている方でした。なので病院から出るにあたってはエアマットを使用しない。
そうすると、必ず自力で動き出すという確信の下での変更でした。
自力で起居動作まではできないまでも、自然と足を動かしたり、『横を向きたい』『座りたい』などの変化は現れ出ました。しっかりと支える面があることで動きやすくなります。
もともとから看取りをする目的での入居でした。もってあと数日から数週間。
そんな中でも人生を変えることはできる。残りの数日だったとしても、誰しもが自分のやりたいことがかなう人生を過ごしたいですよね。
エアマットの上でカチカチになったまま最期を迎えたい人はいないと思います。(エアマットとカチカチの相関についてはまたいつかブログでもしくはセミナーにご参加ください)
そうそうカチカチと言えば...8月2日の練習会は 『拘縮のある方への対応について』 です。タイムリーですね。
気になる方はぜひともどうぞ。
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